カウンセリングでお話を伺っていると、「私は0か100みたいな極端なところがあります」とおっしゃる方が時々いらっしゃいます。
「0か100か」とは、好きか嫌いか、良いか悪いか、成功か失敗かといった感情や思考、とらえ方が両極端のどちらかに偏りがちで、どっちもある、どちらでもない、といったあいまいさを受け入れがたく、どちらかでなければ不安で落ち着かない、どちらかはっきりするべき、といった傾向を言います。
こういう方のことを「白黒はっきりしている人」「完璧主義」と表現することもできますが、「こだわりが強い」「頑固で融通が利かない」といったとらえ方もでき、「0か100か」傾向が強いと、生きづらさにつながる可能性があります。「まあ(自分は)こんなもの」というところで折り合いがつかなければ、学業や仕事面で苦痛やストレスにつながるでしょう。人間関係においても、「この人は良い人で味方」「あの人は悪い人で敵」といった見方をしてしまえば、人との付き合いは常に苦痛やストレスが付きまとうことになります。
また、「良い人、味方」だと思っていた人が、些細なことで急に悪者や敵になってしまう場合もあります。「どちらでもない」といった中間に置いておけないので、たちまち逆転が起き、相手や周囲は困惑したり傷ついたりします。ひとたび「悪い人、敵」になってしまえば、争いや気まずさを乗り越えて再び「良い人、味方」に戻ることは難しく、一気に切り捨ててしまうことにもなりかねません。
こうしたことが、その方の心の中でも起きています。自分の短所やできないところ、知りたくないことを受け入れられず、それを否認してしまったり、半ば気づいていても全く気に留めていないかのような気分や態度をとったりします。当然、他者のそうしたところも受け入れられません。良い面やできるところ、都合の良いことしか見ないし、また自分を肯定・評価する人としか付き合わず、悪いところを指摘する人は遠ざけてしまう傾向があります。
こうした傾向には理由と背景があります。
例えば、発達障害傾向といった生まれつきの思考や性格のかたくなさが影響している場合、親のしつけや教育が過度に厳しいものであった場合、周囲との関わりや体験等から自己否定感が強い場合などが考えられます。
「0か100か」傾向の根っこは、赤ん坊のころにさかのぼることができます。この世に生まれ出た赤ん坊が最初に出会うのは、母親ではなく母親の一部である乳房ですが、この乳房が、たくさんの乳を思う存分与えてくれる「良い乳房」である場合と、そうではなく、欲しい時にそばになかったり乳が出なかったりする「悪い乳房」である場合もあります。赤ん坊は自分に満足と心地よさを与えてくれる「良い乳房」に同一化し、飢餓感や死をもたらす「悪い乳房」を遠ざけたり攻撃したりします。やがて、心身の発達とともに「良い乳房」と「悪い乳房」がどちらも母親の一部で同じものだということの折り合いをつけることができるようになります。この折り合いを助けるのが母親の重要な役割でもあります。母親の役割が不十分な場合や何らかの事情で「悪い乳房」との体験が勝っている場合、赤ん坊は折り合いをつけることが難しく、「良い」と「悪い」の分裂傾向が心の傾向としてより強く残ってしまうことになります。「0か100か」傾向の根っこには、こうした発達過程の問題があり、成長した後のさまざまな体験に影響を与えていくことになるのではないかと考えます。
「0か100か」傾向は、疲労やストレスが蓄積された場合にどなたでも陥ってしまう傾向でもありますが、その後折り合いをつけられれば問題はないと思われます。しかし、この傾向が過度に強いと、うつ病や強迫性障害になりかねません。また、愛着障害や境界性パーソナリティ障害、自己愛性パーソナリティ障害等がその背景にある場合もあります。
一方で、この「0か100か」傾向は、カウンセリングの中で修正や緩和していくことができます。さまざまな出来事やその時のお気持ちを話していただき、なぜそうなったかにについて一緒に考えご自分についての理解を深めていただきます。そうした中で自然と改善されることもあれば、意識的に0でも100でもないといったところで思考や感情に折り合いをつけていくこともできるようになります。
