カウンセリングの中で、「コミュニケーションが苦手」あるいは「雑談が苦手」というお話をよくうかがいます。

コミュニケーションが苦手という認識は、いつごろからあるのでしょうか。

関係性が親密になりはじめる時期自分と周りの人との違いを認識し始める時期精神的に不安定になりやすい時期、おそらく小学校高学年から中学、高校にかけてそんなふうに感じ始めるのかもしれません。

例えば「コミュニケーションが一方通行気味でリアクションをもらえず会話が終わってしまいがち」あるいは「衝動的に思いついたことを言ったことで、指摘や否定をされてしまい、気軽にしゃべることがこわくなってしまった」さらには「何か気のきいた事、おもしろい話をしないと嫌われてしまう気がして、そういう場面を避けたいという思いから人と親密になることも避けるようになった」といった場合もあるのではないかと思います。

逆にコミュニケーションが上手な人というのは、どういう方をイメージするのでしょう。上記の逆で「自分の発言に対し反応がもらえて会話のキャッチボールが続く人」「周りから指摘や否定されることなく説得力のある話ができる人」「おもしろいエピソードを織り込みながらオチも付けられる人」だったりするのでしょうか。さらには、過度な不安や緊張なく対話ができる人かもしれません。

コミュニケーションの上達のために最も必要なことは、体験の積み重ねではないかと思います。したがって、コミュニケーションをとる機会が多ければ多いほど上達が見込めるということになります。コミュニケーションが苦手であることを自分の欠点でダメなところ、恥ずかしい事ととらえられていては、コミュニケーションをする機会は増えないばかりか、避けてしまいがちかもしれません。

また、「対話が続かないのは自分のせいだ」と一方的に決めつけることも違っていると思います。対話は相互行為、相手があってこそ成立するものなので、仮に会話が弾まなかったとしたなら、その責任は半分ずつで、それぞれに理由があると捉えられます。

そもそもコミュニケーションの目的はなんでしょう。まずは「自分はこう思う」「自分はこう感じている」といった自分の中の真実を率直に伝えてわかってもらうことではないかと思います。それに対し相手からも「私はこう思う」「私はこう感じる」とその人の中の真実を伝えてもらい、互いに理解しあう、共感しあうことができれば、関係が深まる、問題を乗り越えられる、といったことにつながるのでしょう。

したがって、緊張してうまく話せないといったことは問題ではありません。言葉に詰まりながらであっても自分が伝えたいことを伝えようとする姿勢、自分をわかってもらいたいという気持ちは相手に伝わるからです。さらに自分も相手の話に耳を傾けわかってあげようとする姿勢もまた相手に伝わります。そうしたコミュニケーションこそが真のコミュニケーション、意味や意義のあるコミュニケーションと言えるのではないかと考えます。

こうした体験をどこでするのか。家庭の中で、家族の中で、まずは体験していきます。

家族の中で考えや気持ちを伝えあう体験が多い人は、学校や友だち、あるいは社会に出てからもコミュニケーションをとれる人ではないかと思います。

コミュニケーションの基盤は、家族の中の会話です。家族の中の会話が乏しければ、自分の考えや感情に触れる、あるいは家族に触れてもらうことも少なくなるため、あいまいなままです。言葉を使って表現する力も身に付きません。表現しても聞いてもらえなかった、わかってもらえなかった、否定されたという体験が多ければ、家族であってもコミュニケーションをとる気力はなくなります。こわい、苦手と感じてしまえば、学校や友だち、社会の中においても同様に感じてしまうことになります。苦手意識が強く失敗体験をしてしまうと、人とのコミュニケーションを避けるばかりか、親密になることも避けてしまうことになりかねません。

ご自分について、ご自分のコミュニケーションに関して、そうした否定的な思い込みが、いつどこからやってきて根付いてしまったのかを理解することは、思い込みを修正することにつながります。うまく話せないから恥ずかしいと感じる必要は決してないのです。その理由や背景があるからです。ご自分だけを責めてしまい、体験や人間関係、ご自分の可能性や能力を狭めてしまうのは、とても残念なことだと思います。

また、ASDADHDといった発達障害傾向がある場合は、それらの特性によりコミュニケーションの苦手さを抱えてしまいます。ご自分の特性を理解し受けいれご自分を肯定することにより、コミュニケーションの体験を増やしていけるとよいと考えます。

一度お話をされに来ませんか。カウンセリングはコミュニケーションを練習し、能力を高める場でもあります。ご利用をお待ちしております。