自ら死を選ぶという意味合いの「死にたい」という思いや考えが浮かぶことです。こういう人は一般的にうつ状態であることを疑われがちです。実際にそういう人は多いのですが、うつ症状がそれほど強くない人も、自ら死を選ぶことについて思い浮かんだり考えたりすることがあると思います。
精神分析では、人には生まれながらに「生への本能(欲動とも言います)」と同時に「死への本能(欲動)」が備わっていると考えます。つまり「生」と「死」の本能は人生において、絶えず背中合わせにある、と捉えることができます。
孤独や苦悩よりも「生への本能」、つまり「生きることへのエネルギー」が勝るとき、「死への本能」は沈黙していると捉えられます。一方で、孤独や苦悩に耐えられず圧倒されてしまいそうなときには、「生きることへのエネルギー」が向きを変えて「死ぬことへのエネルギー」に転換されてしまい、「希死念慮」が高まるとのではないかと考えます。
思春期までの年齢にあっては、精神的に未熟で孤独や苦悩に対する耐性が身についていないため、この生と死のエネルギーの向き変りが容易に起きやすいと考えます。命を大切にすることを伝えると同時に、小さな心では抱えきれないくらい孤独や苦悩を抱えているのではないかと想像し、漠然とした不安やおそろしさを受け止めわかってあげようと努めることも大切なことだと思います。
また、うつ病とは言えない大人であっても、精神的ショックやダメージとはあまり関係なく、頻繁に「希死念慮」が浮かぶ方もおられると思います。そういう方についても、「生への本能」と「死への本能」の表と裏が容易にひっくり返りやすいその人特有の要因があるのではないかと考えます。
例えば、幼少期から親や周囲に巻き込まれ翻弄されがちで、自分の心を育てることや守ることが十分にできなかったのかもしれません。そういう方は「自分(自我)」という概念が曖昧だったりします。あるいは、幼少期から愛情の欲求が満たされない状況が続いていたり、何らかの理由で自分に対して否定的、周囲に対しては拒否的な傾向があったりするかもしれません。どちらにしても慢性的に心が疲弊し、またエネルギーが枯渇しがちで、同時に将来に希望を持つことができないため、「生への本能」が弱く、ささいなことで「死への本能」が強化されてしまう可能性が考えられます。
ご自身や周囲の方が、うつ病(何もやる気が起きず悲しくむなしい、趣味でさえやる気がしない、食欲や睡眠の異常、死についてよぎる等)かもしれないと疑われるなら、ぜひ心療内科や精神科クリニックを受診していただきたいと思います。
一方で、学校にも仕事にも行くことができるし家事もやれてはいるが、「希死念慮」がある、浮かびがちだという方は、一度カウンセリングに来ていただき、お話を伺えるとよいかと思っております。お問い合わせ、ご予約をお待ちしております。
